都内某所。爽やかな白塗りの壁とメープル材のテーブルセット。大きく空いた掃き窓からは青空と新緑がそよいでいる。
そのテーブルセットの隣、リラックスしたようにソファーの背もたれによりかかり、一人の青年が一点を見つめていた。
「成瀬くん、いいねその表情」
カシャ、カシャ、と軽やかな音が響く。あらゆる角度から、まるで一秒たりとも逃しはしないという勢いで、カメラマンが彼の周りをせわしなく動いている。
ラベンダー色のセットアップスーツは女性的な印象だが、しかし、彼の精悍な印象までは奪わせない。その端正な顔に浮かぶ微笑はあどけないものから哀愁のこもったものまで、カメラの動きを先読みするように表情が移り変わる。
「本当、彼ってカメラの前だと人が変わるよね」
セットの後ろで、感嘆の息を洩らしたのは、折目正しいグレーのパンツスーツに眼鏡姿の女性だった。
カメラの向こうに佇む彼、成瀬眞人は、芸能事務所「ダイヤモンドプロダクション」に所属する俳優だ。映画からドラマ、CMとどこにも引っ張りだこの彼は、今、日本で最も忙しい俳優の一人である。
今日はそんな、今をときめく男の雑誌撮影の日。この四月から始まった月曜ドラマ「リーガルアソシエーション」のプロモーションも兼ねた特別インタビューのためだった。
「十代のころから見てるけど、この成長ぶりには何度見ても感動しちゃう」
「編集長のオキニっすもんね」
キャップ姿のいかにも現場スタッフという男性が、女性にコーヒーを差しだす。
「だって、あの演技力。カメラが向いた途端、別人になったみたいじゃない。何人もそういう人を見てきたけど、彼は仮面を張り付けるわけでもなく、その人生までをも塗り替えるように変化する」
「ちまたじゃ、憑依型俳優なんて言われてますからね」
「そう、普段は大型犬みたいでかわいらしいのに」
カシャ、カシャ、という小気味よい音が鳴り続けて、やがて、「オッケーです」という声が響いた。
「おつかれさま、成瀬くん」
イスから立ち上がって、カメラマンやメイク、スタイリストなどのスタッフたちに律儀に頭を下げている眞人のもとに、太陽出版雑誌部の編集長である大林明子が歩み寄る。
「あ、大林さん。ご無沙汰してます」
ぺこり、いや、ぺこん、というのに近いだろうか。ひときわ深くお辞儀をしたあとに、眞人は白い八重歯をのぞかせた。
「あいかわらずね」
「あいかわらずってなんすか、もう」
刈りあげた横髪を掻いて、眞人はくしゃりと笑う。先ほど、カメラの前でアンニュイな微笑をたたえていた青年とは思えない。
「そのギャップに何人の女子がやられてると思ってるの」
「やめてくださいよ、照れますから」
明子が、まあ、と眼鏡の奥で呆れた色を見せると、眞人はかすかに頬を明るくして、手をひらひらと振った。
「今回も、いい写真がたくさんよ。成瀬くんには頭が上がらないわ」
「いやいや、本当太陽出版さんには頭が上がりません。いつもこっちが気楽にやらせてもらえてます」
そこまで話したところで、明子が、どうぞ、と着座を促した。すみません、眞人がまた頭を下げてイスに座る。すかさずスタッフが飛んできて、テーブルにミネラルウォーターのボトルが置かれた。
「サイダーのほうがよかった?」
「そうですね、できるならそっちがよかったなあ。でも今事務所からNG出てるんですよ」
やれやれと苦い顔をしてボトルの蓋を開ける眞人に、明子はふふ、と微笑む。
「このドラマが終わったら、今度は映画に、それから昼の連ドラが待ってるものね」
眞人はごくりと喉を潤して肩をすくめた。
「ありがたいことに。まだまだ忙しくなりそうです」
「そのときはまたよろしくね。十ページでも百ページでも割くから」
「百ページはさすがに勘弁してほしいですかね」
情けなく眉を下げた眞人に、「次、準備OKです」と声がかかる。
「はい。――じゃあ、すみません大林さん。今日は忙しいのにわざわざありがとうございました」
「それはこっちのセリフ。インタビュー、根掘り葉掘り答えてちょうだいね」
困ったなあ、こめかみを掻いて、眞人は立ち上がった。
