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ジヴェルニーで暮らすようになったとはいえ、ももの生活は基本的に変わることはない。
朝起きてコーヒーを飲み、室内を軽く掃除してからブーランジェリーにパンを買いに出る。丘に戻ったころにはシモンも起きていて、パン・オ・ショコラ片手に新聞を読む男の前で、自分もクロワッサンをかじるのが毎日の風景だ。日中は制作を眺め、ときおり買い物に出たり、散歩をしたり。食生活を鑑みて、夕食はももが作ることもあった。
本当は、あの日、夜が明けてしばらくしたらパリに戻るつもりだった。だが、所在なさげに外を見遣るももに、シモンは、「好きにすればいい」と言ったのだ。《《なにを》》、と言わないのは、彼の意地の悪さだったか、それとも、優しさだったか。
ともかく、その言葉を鵜呑みにして始まった同居生活は、大きな波はないが、そのぶんひどく心地がよく、すっかりももの中に溶け込んでいた。
晴れた日の午後、ももは原っぱに腰を下ろしてシモンの制作を見守った。
朝と夜は冬の東京ほどの寒さだが、陽が射した日中はまだあたたかい。ただ、それでも上に厚手のニットを羽織っていてのこと。北部の季節の移り変わりの早さには舌を巻かざるを得ない。
ヴェルノンのブティックで購入したウールのニットに身を包んで、ももはいわゆる体育座りで一心にシモンの手元を見つめていた。
彼はセーヌ川畔を描いていた。前にも、雨燃ゆる朝に彼がその絵を描いていたのを忘れもしない。
悠然と流れる翡翠の川、その向こうには喧騒とは無縁そうなヴェルノンの街並み。ほとんど同じ構図だった。だが、たしかに違うのは、青く滲むセーヌの風景だったのが、今度は橙に染まっているというところだ。
熟れたオレンジをそのまま塗りたくったような色だった。手前を走るセーヌまでもがその鮮やかな色彩を載せ、燦然と輝きを放っている。
だが、それとは対照的に画面上部の建物群は暗く霞み、左には黒々とした大木が植っていた。
ごくり、ももは喉を鳴らした。
シモン・ロンベールという男の描く絵は、ただ光の美しさだけでは終わらない。
光と影のアンバランスにほど近い絶妙な《《調和》》、あるいは、光と闇の《《共存》》。
目映く照らされた男の目元に落ちる影のごとく、光の中に色濃い影が存在している。そしてその影こそが、ももの胸に深く刻まれた傷に溶け込んでいく。
ふと、モネの庭を見に行った帰り、立ち寄ったギャラリーで出会った一枚の絵画を思い出した。
|光《ラ・リュミエール》と名付けられたねずみ色のカンヴァス。ひと目見た印象では光とはほど遠い絵画だった。なぜそのタイトルを付けたのか、釈然としないももを、その絵画の作者は軽やかに笑った。だが、今思えば、たしかに、そこには影があり、光があった。一面のグレーに浮かぶ色彩の濃淡、それこそが|光《ラ・リュミエール》であった。
光とは影があることでその目映さをよりはっきりと映し出すことができる。だが、それだけではない。光の存在こそが影を生み出し、影が光をつくる。
シモンの絵が、シモン・ロンベールという画家が、なぜこうも彼女の目を奪うのか。
それは、彼が抱いた影にこそ理由があるのかもしれない。ももは漠然と思った。
若くして名を馳せた画家が味わった、苦渋、悲哀、そして、絶望。|芸術《アート》を通して密かに訴えかけてくるそれらに、自分は共鳴しているのではないかと。
だが、もはやそれだけで語ることのできない境地まできてしまった、とも彼女は思った。
ももは、シモンを眺める。
彼は常のとおり、彼女の様子を気にかけるそぶりもない。ただひたすら豚毛を握り、太く逞しい腕を繊細に動かしていく。
カンヴァスに向けられた瞳はひどく熱く、右から左へ、あるいは、左から、右へまるでレースを撫でるように渡っては、もものヴェールをすべて取り去り熟した傷口を探り当てていく。
シモンは光を纏っていた。透き通る髪、金色に染まった頬、それから、七色に移り変わる虹彩。だが、彼の窪んだ目元はたしかに翳りを滲ませていた。
彼こそが光を際立たせる影であったのだ。
はげしく血潮がめぐる。呼吸が荒く、浅くなる。
ああ、そうだ。あのときもこうして。
ひとは、|芸術《アート》の力には抗えない。
ただ心が揺さぶられ、もはや抉られるといっても過言ではない強さで、勢いよく鼓動が刻まれていく。
いつまでも、その絵を眺めていたい、ただその絵の中で生きていたい。感情ではない衝動に突き動かされる。
――それでいいんです。
あの青年画家の声が耳の裏でそよぐ。
昂る胸に身を委ねて、ももは思った。
はたして、この心の揺さぶりを、なんと喩えたらいいのだろう。
いまだ、その答えを手にすることはできていない。
風は、十分に冬の香りを載せていた。
無情にも、滞在期限まで刻一刻と時は迫っていた。

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